〜「更級杯」の由来〜
 大会名に冠しております「更級」は、平安時代に菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の書いた「更級日記」からとっております。
 ここ千葉県市原市には、かつて上総国の国府(国衛)が存在し、八幡宿という宿場が出来る等、交通の要衝として栄えました。菅原孝標女も幼少時代をこの地で過ごしました。『更級日記』には、父の退官に伴い、上総から京へと戻る旅程が記されています。

 旅の出発点としての市原市には『更級日記』にちなんだものとして、菅原孝標女の銅像や「更級通り」と名づけられた通りが存在します。


「更級通り」JR五井駅前の像
 

 「本大会が、全国に広く知られ、中学生剣士がお互いの力量を高めあう素晴らしい大会として末永く続いていって欲しい」   現在まで広く楽しまれ、平安女流日記文学の代表作の一つに数えられている『更級日記』を本大会名に用いた理由には、この市原市が『更級日記』に縁のある地であるばかりではなく、そのような願いも込められています。
国指定史跡「上総国分尼寺跡」


                                     更級杯実行委員会